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TITLE 痛みへの品格 2012.05.25

 

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前回のブログで

「苦しさ痛みは…一瞬…ひと時」と書きましたが、

その痛みにも私なりの概念があります。

まだまだ学ぶ事はありますが…。


哲学者のヴィトゲンシュタインは以下のような言葉を唱えています。
「痛みという言語表現は泣き声にとって代わっているのであって、それを記述しているのではない。」



また私達は他者の痛みを共感することはできますが、他者の痛みそのものを感じることはできまません。



また外界からの刺激を感じる生理的な反応の感度は、民族による差はないと言われてますが、

その質的側面、つまり“痛い”と感じるか否かという点については、大まかな民族差があることが報告されているそうです。


さらに実験的に与えられた痛みを、どの程度まで我慢できるかという点は民族差がより顕著にあらわれるようです。

とある実験によると、ともに米国生まれ女性のあいだでは、イタリア系の人は、アメリカインディアン系やユダヤ系の人たちに比べて“これ以上我慢ができない”という刺激の強度が低い。

つまり、おなじ刺激が与えられている場合、イタリア系の女性は先に音をあげて、痛いと訴える傾向がつよいそうです。

また、社会的な生活を営み、言語という高度に抽象化されたコミュニケーション手段を利用することができる人間にとって、“痛みをどのように感じているか”ということよりも、“痛みをどのように他者に伝えるか”ということが重要になっていきます。


痛みと言う表現は患者自身の感覚であると同時に、他者に痛みを伝えるコミュニケーション手段なのであります。


例えばアメリカインディアンは感じている痛みが辛抱できなくなると、人目のつかないところに行き、一人きりになってはじめて痛みに対して呻きはじめる。
これに対して、ユダヤ人やイタリア人は、人前で公然と痛みを訴える。

そして、ユダヤ人は、その痛みが何であるかとか痛みの重症度を気にするが、イタリア人はむしろ他者に対して痛みを取り除いて欲しいと訴える傾向がつよいという。事が言われています。


“痛み”を感じている人が他者に対してとる態度に差異があるということは、私たちの日常経験でもよく見受けられます。
例えば「男の子だから、これぐらいで泣かないの…。」とか

子供に声をかけるとき、我々は子供たちに対して知らず知らずのうちに、痛みに対する社会的な態度を形成するよう仕向けているのであります。



また民族的と言えば試練としての痛みもあります。


北米の平原インディアンの諸族に見られた「ピアッシングの苦行」と言われているサンダンス(太陽踊り)とよばれる宗教的儀礼は、“強烈な痛み経験”を積極的に利用した例としてよく知られています。


Catlin_Okipa.jpg

優秀な戦士への仲間入りを果たす為にテントの天井には穴が開いていて若者は試練として、イラストなような儀礼に参加したのです。

また痛みを、宗教的な試練として受容することは、数々の“苦行”が用意されていることからも理解することもできます。

例えばインドの苦行者がおこなう一連の儀礼的行事、これは、ある集団の成員の中から選ばれた人が、子供たちの無病息災と農作物の豊作を祈ります。

その際に、選ばれた男は、背中に鉄製のフックを突き刺すのです。

宗教的な苦行における痛みは、神の試練であったり、あるいは宗教的な熱狂のなかで痛みを忘れるほどの、あるいは痛みを超越するほどの体験を得ることができると理解されています。

また、そのような苦行を近くで見る信者にとっては苦行者の痛みを想像し、そのような痛みに耐えうる神の恩寵を改めて感謝するという効果もあるそうです。


これらは13世紀以降、中世のヨーロッパでたびたび見られ、しばしば異端とされたキリスト教の鞭打ち苦行者とその信者にそれを見ることもできます。

鞭打ちは、いろいろな社会でみられたように刑罰の手段です。

しかしながら、鞭打ち苦行者においては、それが積極的に解釈され“苦行”と“悔い改め”の手段として認められるようになりました。

鞭打ち苦行者たちによると、黒死病の流行など社会的な危機は神による罰や世界の終末の予兆であったと言われていました。

彼らは聖書の一節を唱え、裸足で粗末な衣服を身につけ、鞭打ちをしながら歩き回ったと言います。

苦痛は試練であると同時に、周囲の人たちに脅威を与えることによって心理的な効果ももたらしたのです。


痛みはこのように試練としての意味を伴うとともに、複雑で様々な目的や意図が込められ錯綜した姿であらわれます。

刺青やTATTOOについて考えてみましょう。これらは身体を美学的な対象として装飾したり、悪霊や災厄を防いだりします。

また社会的地位やその人の属する部族を誇示したりする意味がありました。また入れ墨と言う行為には苦痛に耐える勇気をもつという意味が込められていますし刑罰と言う戒めの意味も含まれる事もあります

刺青などは中国や日本で好まれる龍の文様などがあます。龍は海や河川での厄除の意味なども持っています。

私の母方もアイヌの血が入っていたので先祖の女性は成人になると手や口の周りに文身なるものを纏っていたと思われます。


痛みは様々な文化的な解釈を受けると同時に社会慣習の中に埋め込まれているのです。



…と痛みと言うとこのような試練的な事や、以前にもブログで書いた「一万一千の鞭」やサドの作品集、谷崎潤一郎の作品群からSM的匂いを感じ翻弄してしまう事は否めませんが


今の段階では私の中では幻想に過ぎず、SMプレイの中でそれらと同等の事をするほどのできた人格ではないし、今後もやろうとは思いません。

実際にやって、その場では倒錯感を感じると日常にも戻った際に後戻りできなくなった状況をイタリア人のように他者に訴えかけても手遅れとなってしまいます。



それらを伴う事がどれだけのものか私自身も一般の人よりは少しは、わかっているからです。


私のSMの中での価値観はそれらを脳内で妄想し五感をフル活用しM男さんとのプレイを楽しみ…。



どちらかと言うと

「男の子だから、これぐらいで泣かないの…。」と言う痛みに対する社会的な態度から取り入れていきたいと思っています。





あつかましいかもしれませんが私の存在自体で翻弄し触られただけで服従せずにはいられない…。

そう感じてもらえるような人格になれたらと思っています。


それが出来るようになれば、なるほど
ちょっとした拘束、鞭、蝋燭でも幻想的SMを感じる事ができるはずです。
































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